近年では、医療やバイオ、化学などの幅広い分野でマイクロスケールでの研究が行われ、従来の技術では難しかった様々な操作や分析が行われています。その中で注目を集める最先端技術の一つがマイクロ流路です。マイクロ流路の需要は年々増加傾向にあり、今後も伸びていくと予想されています。
この記事では、マイクロ流路の特徴やマイクロ流体デバイスの活用例などを解説し、医療研究で大きな期待を寄せられている生体模倣システム(MPS:Microphysiological system)についても取り上げてみました。マイクロ流路が現代の研究にどんな恩恵をもたらしてくれるのか、一緒に見ていきましょう。
目次
1.マイクロ流路とは
マイクロ流路とは、シリコンやPDMSなどの樹脂を代表とした基盤に形成されたマイクロスケールの微小な流路形状のことを指します。このマイクロ流路技術は、微小な機械構造をシリコンなどの基板上に形成するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術の発展とともに1990年代後半から注目され始めました。このマイクロ流路が施された基盤は総称して「マイクロ流体デバイス」や「マイクロ流路チップ」と呼ばれ、現在では医療研究や創薬市場などにおいて大きな期待が寄せられています。
2.マイクロ流体デバイス(マイクロ流路チップ)とは?
マイクロ流体デバイスはマイクロ流路チップとも呼ばれ、非常に小さなスケールで液体や気体の流れを制御するための装置です。微細な流路の中を流れる液体中の微粒子をマイクロスケールで自由自在に混合、分流することができ、マイクロ流体力学の応用により様々な試験や研究に活用されています。
2-1)マイクロ流体デバイスの材質とメリット・デメリット
マイクロ流体デバイスは様々な材質で作られており、材質ごとにメリットとデメリットがあります。そこで、代表的な材質について下記にまとめてみました。
光学特性 | 耐薬品性 | 耐熱性 | 長所 | 短所 | |
PDMS | ◎ | △ | × |
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樹脂 | △~◎ | △~◎ | ×~〇 |
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ガラス | ◎ | ◎ | ◎ |
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PDMS PDMSを使ったマイクロ流体デバイスは現在の開発研究で比較的ポピュラーに用いられており、素材が安価であることから試作機でも利用されています。PDMSは柔軟性に富んでおり、デバイス形状や流路形状を変更しやすい点が強みです。一方で、熱や薬剤に弱い性質でもあるため該当する場合は取り扱いに注意が必要になります。また、近年では3Dプリンティングの技術とかけ合わせ、複雑なマイクロ流路をプリントして作製することも可能になっています。
樹脂(その他) 樹脂を使ったマイクロ流体デバイスは、素材が比較的安価で形状の自由度も高いため、量産化しやすい特徴を持っています。さらに樹脂は種類やグレードが豊富のため、樹脂の適切な選定が必要になります。使用する薬液や流体の種類に応じ、樹脂を使い分けることが大切です。
ガラス ガラスを使ったマイクロ流体デバイスは、耐薬品性の高さから使用する薬液や検体の種類に関係なく使用することが可能です。またレーザー光によるダメージがないので観察や分析がしやすく、滅菌洗浄して再利用することもできます。欠点としては、硬いものの割れやすいため取り扱いに注意が必要な点と、形状の自由度が低く量産性が劣る点などが挙げられます。
2-2)マイクロ流体デバイスの活用例
マイクロ流体デバイスは医療や創薬分野の研究をはじめ、様々な分野にて注目を浴びています。本記事では、マイクロ流体デバイスの活用例について代表的なものを下記にまとめました。
創薬・医薬品開発
新規薬剤の候補物質の迅速かつ効率的なスクリーニング
マイクロリアクターを用いた高精度な薬剤合成
細胞培養や組織培養を用いた創薬研究
マイクロチップを用いた薬剤送達システムの開発
診断
血液検査や尿検査などの微量なサンプル分析
遺伝子検査や感染症検査などの迅速かつ高感度の診断
癌細胞などの希少な細胞の分離・培養
細胞機能や組織機能の解析
再生医療
幹細胞の培養・分化制御
3Dバイオプリンティングを用いた人工臓器の作製
マイクロ流体デバイスを用いた組織工学研究
2-3)マイクロ流体デバイスの最新動向
マイクロ流体デバイスは年々めざましい進歩をとげており、材料やデバイスの開発、システム化、医療・環境分野への応用など、様々な分野で革新的な技術の開発が進んでいます。ここではマイクロ流路技術の最新動向を市場規模と技術革新に分けて紹介したいと思います。
・市場規模
マイクロ流体デバイスが注目され始めた1990年代当時が数百万ドルだったのに対し、2024年現在では300億ドルを超える市場規模であるとされています。地域別にみてみると、現在は北米が最も大きな市場ですが、日本が位置するアジア・太平洋地域は近年における市場成長率が最も高く、欧州を超える勢いでマイクロ流体デバイスの発展が進んできています。
・技術革新
近年にかけて3Dプリンティング技術やナノテクノロジーの発展が進み、以前と比べ複雑な形状のマイクロ流路を低コストで作製できるようになりました。これにより特に医療や創薬の分野にて、体外で臓器機能を再現する研究が活発に進められ、生体模倣システムやOrgan-on-a-chipの注目が集まりつつあります。そこで今回は、生体模倣システムにフォーカスをあて、解説をしていこうと思います。
3.生体模倣システム(MPS)とは?
3-1)生体模倣システムの概要
生体模倣システムとは、MPS(Microphysiological System)とも呼ばれ、生体組織や臓器の機能を模倣したシステムです。マイクロ流体デバイス技術を用いて、細胞や組織を培養するための微小な部屋(チャンバー)を作成し、生体に近い環境を再現することで、薬物の効果や毒性を評価したり、疾患のメカニズムを解明したりすることができます。
3-2)生体模倣システムの歴史
生体模倣システム(MPS)の研究は、1990年代後半から発展が進み始め、当時は単一な細胞を培養するシンプルなシステムが開発されていました。2010年代に入ると、米国政府や欧州連合などの公的機関もMPSの研究開発に資金援助するようになり、肺を模倣したチップであるLung-on-a-chipも開発されました。さらに技術革新が進むにつれ高度なMPSが開発されていき、2024年現在ではAI(人工知能)やビッグデータを用いたMPSの研究も進んでいるようです。
3-3)生体模倣システムの将来性と課題点
生体模倣システム(MPS)への期待のひとつとして創薬研究の発展が挙げられます。MPSは構造や機能をより忠実に再現することで、従来の培養細胞よりも高い精度で実験を行うことができます。これにより、従来の培養細胞では難しかった新薬の安全性試験や薬効評価をより正確にできるようになりました。また、MPSは動物実験を代替する技術としても注目されています。近年では動物福祉の観点から動物実験を行わず、代替ツールを利用して検証することが世界的な潮流となっています。動物実験における倫理的な問題のソリューションとしても今後活躍していくことでしょう。
一方で、期待に対する課題点もいくつか掲げられています。その中でも最重要課題として挙げられるのが、模擬臓器としての完成度の高さです。研究実績のある実際の臓器と比べると機能面をはじめ、再現できていない部分は多々あり、技術的な課題を解決していく必要があります。ですが、近年にかけMPS開発を主軸としたベンチャー企業が数多く立ち上がったり、MPS World Summit が開催されたりとMPSの注目は年々増してきており、加速度的に技術の進歩が見られることからも、より精度の高いMPS開発に期待できそうです。
4.MPS World Summitの開催
MPS World Summit:https://mpsworldsummit.com/
最後に、世界各国のMPS研究者のコミュニティである「MPS World Summit」について紹介したいと思います。MPS World Summit は生体模倣システムに関する国際的な学会で、MPSの研究促進を目的に毎年開催されています。今年の2024年では、米国のシアトルで開催され、最新の研究内容や成果について発表されました。講演、ポスター発表、ワークショップ、展示会など、様々なプログラムを通して、参加者同士の活発な議論と交流が行われ、大きな盛り上がりを見せたようです。また、製薬会社や医療機器メーカー、バイオベンチャー企業をはじめとした産業関係者も参加しており、企業間の情報交換の場としても注目ですね。
来年の2025年も開催予定ですので、サミットの詳細が気になった方はぜひ上記の公式HPをチェックしてみてください!
5.まとめ
今回は、マイクロ流路の概要と生体模倣システム(MPS)に焦点を当てて解説しました。
記事の内容をまとめると、以下の通りです。
マイクロ流路とは、樹脂などの基盤に形成されたマイクロスケールの流路で、医薬分野をはじめとした様々な研究に応用されている
マイクロ流路デバイスは材質によりそれぞれ特徴があり、ポピュラーな素材としてPDMSがよく用いられている
マイクロ流路デバイスの一種である生体模倣システム(MPS:Microphysiological System)は創薬分野で大きな注目を集めており、MPS研究の学会としては「MPS World Summit」が毎年開催されている
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