傷ついた組織や臓器を再生させることで、様々な疾患の治療を目指す再生医療。この再生医療分野の研究が盛んになりつつある近年で、今注目を集めているのが「オルガノイド」です。オルガノイドとは、幹細胞によって体外で三次元的に培養された組織を指し、ミニチュアの臓器とよく表現されています。
本記事では、オルガノイドの種類や活用法などの概要を説明しつつ、オルガノイドの培養についてまとめてみました。記事の中でオルガノイド培養に有用な培養装置も紹介しているので、ぜひ最後までご覧いただけると幸いです。
目次
1.オルガノイドの基本概要
1-1)オルガノイドとは
オルガノイドとは先述のとおり、幹細胞によって体外で培養された三次元構造体を指します。「organ(臓器)」と「~oid(~のようなもの)」をあわせて「organoid(オルガノイド)」と呼ばれる通り、臓器や組織を模倣した特徴をもっています。機能面での完全な再現はまだできていないものの、動物モデルの代替として大きな期待が寄せられており、近年にかけて加速度的に研究が進んできています。
1-2)オルガノイドの種類
臓器や組織が持つ特徴に合わせ、多くの種類のオルガノイドが研究、製作されています。各オルガノイドの研究が進むことで、薬剤のスクリーニングや毒性試験といった診断としての活用、病態の解明と創薬の研究発展など、臓器移植以外にも多くの可能性が期待されています。脳、心臓、肺、肝臓、腎臓などといった臓器以外にも、各臓器の腫瘍のオルガノイドなども今までに作られてきており、今後もオルガノイドの種類はどんどん増えていくでしょう。
脳オルガノイド
2008 年にヒトES細胞由来の三次元脳組織(脳オルガノイド)が作製されて以降、神経発生を体外で再現できることから、神経発生過程を解明する基礎研究、神経関連疾患を対象とする応用研究、また創薬などの臨床応用が期待されています。2024年現在ではまだミリメートル単位のサイズではあるものの、複雑な神経回路を持つ脳オルガノイドが作製されており、脳の解明に向けた研究において大きな役割を果たすかもしれません。
一方で再現できる脳の構造が複雑になることで、つくられた脳が意識を持ち始めた場合の倫理的な問題も検討されており、ガイドラインや規制の整備も求められているようです。
ジャーナル名:Cell Stem Cell
心臓オルガノイド
脳に続いて重要な臓器である心臓においてもオルガノイドの作製が行われています。脳オルガノイドと同様に、iPS細胞などの幹細胞から作製され、心臓のミニチュアモデルとして心臓疾患や再生医療の解明で期待されています。機能面としては、脳オルガノイドが感情や思考、記憶の再現が期待されているのに対し、心臓オルガノイドで期待されているのは血液循環といった拍動機能の再現です。
しかし、拍動における電気生理学特性の再現が難しく、完全な機能面での再現はいまだできていません。また、課題面として、心臓の心房や心室、弁といった複雑な構造の再現が難しいこともあげられますが、バイオマテリアルやマイクロ流体デバイスなどの活用により活発な研究が行われているようです。
ジャーナル名:Frontiers in Cell and Developmental Biology
肺オルガノイド
肺オルガノイドは、気体交換という特有の機能を持ち、外部環境との相互作用を評価できる点が特徴です。肺は複雑な分岐構造を持っており、気管支や肺胞などそれぞれにおいてオルガノイド作製が行われ、研究が進んでいます。ほかのオルガノイド同様に、機能の再現でまだ未完成の部分はあるものの、COVID-19をはじめとした感染症対策の研究や肺がんの発生と進展のメカニズムの解明などで期待が寄せられています。
ジャーナル名:Cell Reports Methods
肝臓オルガノイド
肝臓は、体内の物質代謝の中心的な臓器であり、薬物代謝、タンパク質合成、胆汁酸合成などの主要な代謝機能をもっています。肝臓を模した肝臓オルガノイドをつくり、薬物による肝障害を研究することで、安全な薬の開発が期待されています。さらには、肝臓疾患を持つ患者自身のiPS細胞から肝臓オルガノイドを作成することで、患者に対し最適な治療薬を選択ができるオーダーメイド治療も可能になるかもしれません。
実現にはオルガノイドのスケールアップが必要な点や培養へのコストが高額であることなど、解決すべき課題点はあるものの、医療を大きく発展させるツールとなると予想されています。
ジャーナル名:nature
腎臓オルガノイド
腎臓は血液を濾過し、老廃物を尿として排出する高度な機能を持っています。この腎臓だけが持っている濾過機能を再現することが腎臓オルガノイドで期待される大きな役割です。腎臓の機能単位であるネフロンが複雑な構造をしていることや、グルコースなどの有用な物質の再吸収または分泌の再現が難しいことも課題点として挙げられますが、多発性嚢胞腎、慢性腎臓病など、様々な腎疾患のオルガノイドモデルが開発されており、疾患メカニズムの解明や新規治療薬の開発に貢献しています。
ジャーナル名:Cell Stem Cell
1-3)オルガノイドの作製
オルガノイドはiPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞からつくられています。そのためオルガノイド作製では多能性幹細胞を培養するのですが、培養する際の培地の組成によって多能性幹細胞から「内胚葉」「外胚葉」「中胚葉」と同様の性質を持つ細胞の集合体に分けることができます。
内胚葉、外胚葉、中胚葉は、胚発生の初期段階で形成される3つの胚葉で、それぞれ異なる種類の組織や器官に分化します。これらの胚葉から作られるオルガノイドは、それぞれの胚葉の特徴を反映した特徴的な性質を持ちます。
内胚葉:胃、腸、肝臓、膵臓といった消化器系オルガノイドなど
外胚葉:脳、脊髄、網膜といった神経系オルガノイド、皮膚オルガノイドなど
中胚葉:心臓オルガノイド、筋肉オルガノイド、骨オルガノイドなど
培地 | 作製されるオルガノイド | 特徴 | |
内胚葉 | アクビチンAなど | 腸、膵臓、肝臓オルガノイド | 消化、分泌機能を有する |
外胚葉 | Nogginなど | 脳、皮膚、神経オルガノイド | 神経機能、感覚機能を有する |
中胚葉 | BMP4など | 骨、筋肉、心臓オルガノイド | 収縮機能、支持機能、血液産生 |
ここからさらに、内胚葉、外胚葉、中胚葉へと分化誘導させた細胞を3次元的に培養することでオルガノイドが作製されます。臓器ごとに3次元培養の手法は異なっており、非常に複雑なプロセスのため、2024年現在でも多くの議論が生まれています。
2.オルガノイド培養系について
2-1)細胞培養との違い
オルガノイド培養系は細胞培養と違い、幹細胞や組織由来の細胞を3次元的な構造に集積させ、ミニチュア臓器を模倣した構造体を培養します。複数の細胞種が相互作用し、組織の機能を再現しようとするため、実際の生体環境により近い状態で培養することができます。
また培養基質に関しても異なります。単一の細胞培養が培養皿などの表面に対し、オルガノイド培養ではマトリゲルなどの3次元的なゲル状物質が使用されることが多いです。ゲル中で培養されることで細胞が3次元的に成長するため、培養基質の選定も重要な培養条件の一つになります。
構造 | 細胞種 | 研究目的 | 培養基質 | 生体との類似性 | |
細胞 | 2次元 | 単一 | 細胞の増殖や機能解析 | 培養皿表面など | 低い |
オルガノイド | 3次元 | 複数 | 疾患モデル、薬剤スクリーニング | マトリゲルなど | 高い |
2-2)オルガノイドの灌流培養
オルガノイドに適しているとされる培養法のひとつに「灌流培養」があります。灌流培養とは培地を流しながら培養を行う手法ですが、静置培養のように培地を交換せずに培養するのではなく、新鮮な培地を連続的に供給するため、細胞をより生体内に近い環境でオルガノイドを培養することができます。
また、培地を流すことで流れの中に圧力が生まれ、機械的な力(メカニカルストレス)が生まれます。メカニカルストレスは我々の生体内でも常にはたらいているため、培養するうえで生体内を模倣する重要な要素のひとつとも考えられています。
株式会社東海ヒットは、定流量や定圧、拍動を模した流れを再現する灌流装置を開発しています。灌流培養のソリューション提案も得意としているので、ご興味のある方はぜひ下記詳細をご覧ください。
2-3)オルガノイド培養の課題と展望
オルガノイド培養は、再生医療分野の発展において大きな期待を寄せられていますが、現状での課題は少なくありません。まず一つに臓器の機能の再現がいまだできていない点です。実際の臓器はそれぞれの役割に応じ、様々な機能を持ち合わせていますが、実際の臓器の代替とするには機能性がまだまだ不十分であるとされています。また、長期かつ安定した培養が難しい点や倫理的な課題も以前抱えています。
一方でこれらの課題をクリアするために、標準化されたプロトコルの開発やマイクロ流体デバイスなどの応用など加速度的に研究が進んできていることも事実です。再生医療市場がどんどん大きくなると予想される中で、オルガノイドがどんな活躍をしていくのか、ぜひ注目していきたいですね。
3.まとめ
今回は、オルガノイドとその培養系に焦点を当てて解説しました。
記事の内容をまとめると、以下の通りです。
オルガノイドは、ミニチュアの臓器とよく表現され、幹細胞によって体外で三次元的に培養された組織である
オルガノイドには各臓器を模した多くの種類のものがあり、それぞれ異なったプロセスで培養される
オルガノイド培養では機能性の再現や倫理的な問題など現状での課題は存在しているが、加速度的に研究が進んでおり、これからの再生医療分野で大きな期待が寄せられている。
株式会社東海ヒットは、オルガノイド培養をはじめとした再生医療分野の研究に導入可能なアプリケーションを開発しております。東海ヒットは研究者の方々のソリューション解決も得意としているので、ご興味ある方はぜひ下記のボタンから詳細をご覧ください。
Comments